小説 十二人の死にたい子どもたち 感想

十二人の死にたい子どもたち
ネタバレありの感想です。
小説版、映画版どちらか最後まで見た人向け。
感想というより原作小説と映画版の違いで気になったところを個人的にメモのような感じでまとめたのが主な内容です。
そして映画版はもうすでにうろ覚えなので映画版の記述が間違っていたらすみません。

以下ネタバレ

・7番アンリについて
今回書きたかったのアンリについて。
映画版を先に観たのですがその時は他の子どもたちの主張、なぜ死にたいかの理由はなんとなく理解はできたのですがアンリは若干主張が曖昧というか言っている内容自体はわからないでもないですが言っている主張に対して理由付けが弱い感じがしたのです。
で、原作小説版を読んで原因が判明。アンリの主張「自分のような境遇の人間を増やさないため」といったものは原作と映画版で大きな違いはないのですがその結論に至るまでの設定が全然違うのですね。
原作の方がアンリの主張から最後の決議、そしてその結論に至るまでの流れがわかりやすいのですがこれはそのまま映画では使えないですよね。
以下解説
アンリの主張
集団自殺し自分のような境遇の人間を増やさない為に訴えかける
これは共通のはずです。
映画版(うろ覚えで他サイトを参考にしたので詳細は違うかも)
自身の母がネグレクト。母のたばこの不始末で弟は死亡。アンリ自身も酷いやけどを負った。自分や弟は何のために生まれてきたのか。身勝手な大人たちに生を与えられる子供たちを増やしたくない。
小説版
無節操で薬漬けの母親のせいで生まれる前から梅毒に冒され薬物中毒の体で生まれた。物心つく前から離脱状態が続き4歳の時には自殺を考えた。自分のような境遇の人間を増やさないために根本的な解決が必要。そのために不妊報酬制度を権利として認められるように「そもそも生まれるべきではなかった」と全員で自殺し、主張する事が必要。
※不妊報酬制度
不妊手術を受ける女性、時には男性に報酬を支払う制度。人口増加を抑制の為、また薬物中毒者やエイズ患者を対象に行われ病気を治すのではなく堰き止める為に行われる。
ようです。ネットで調べてもわからなかったので小説の内容から解説。
といった感じで非常に重い設定であってなおかつここにいる全員生まれるべきではなかったと主張したためほぼ全員の反発を招き最後の決議が自殺中止が決定したのです。他のメンバーの大部分は自殺したいと考えていても生まれてきた事自体を否定していなかったのです。生まれた事自体を否定されたため自殺に反対していなかったメンバーも生き続けようと考えを改める結果となり自殺の中止が決定したのです。
というわけで小説版の方が中止になる流れがわかりやすいのですがこの設定はさすがにそのまま使えないですよね。映画版で若干濁した感じがしたのは設定を変えたためだったようです。

・アンリの主張補足
ただしアンリは最初からこの主張を他のメンバーに認められたかったのではなく全員で「生まれてくる事自体を否定した」という結果だけが欲しかったのですね。自身の主張も現状では他者に認められるものではない事を理解した上で自殺が中止になりそうな流れを変えるために主張したのです。
アンリの主張自体の是非は置いといてアンリの一番の欠点は自身を理解されなくても良い、その代わり他人を理解する必要もない。という結論に達してしまった事でしょうか?その結果として他のメンバーが生まれてきたこと自体を否定してしまったのです。否定してしまったというか心底どうでも良いと考えているのか。どちらにせよ境遇も併せアンリには可哀そうな結果となってしまいました。
そして次回以降の集会で今回の反省を踏まえたアンリが全力で他者を自殺に追い込むのです。事情を知っていてなおかつ次回以降の開催を予定しているサトシはとめないでしょうし4回目で全員自殺してしまうかもですね。
誰かとめて。
他雑記
・メイコ
性格がかなり違う印象を受けました。内面描写が少ない映画版だとわかり難いからですかね?

・内面描写
小説版はそれぞれの内面描写が豊富で各個人の考えがわかりやすいですね。とはいえ映画で全員の内面を描いていたらとてもじゃないけど終わらないですが。

・ノブオ
何故か北村匠海と真剣佑がごっちゃになってました。

・サトシ
高杉さんはこういった人物を演じるのに適任ですね。鎧武の時オーバーロード側についた時の演技はとても良かったです。あの年で無表情で人路殺せそうな演技できる人ってなかなかいないですよ。
しかしアンリも精神的に危ない状態だと思いますがサトシはもう精神的に死んでるような気がしないでもない。

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