まだ話は終わってねえ・・・ 最終話 インフィニティ 感想です。
・感想
あれ・・・これで終わり?
<デス・ギャバン事件に一つの区切りを迎えた>
というだけのラストだったよ・・・
他のギャバンたちの伏線はともかく御蔭の感情を預かるところまではやると思ったのに。デス・ギャバン事件すら終わらず本当に区切りでしかなかった。
さらに加えて最終回で一番掘り下げられたのは主人公のバックボーン。
それと同時に御蔭が何を思って怜慈をしつこく勧誘していた理由がわかった・・・ような気がしないでもない。
要は嫉妬していた、という解釈でいいのかな?
デス・ギャバンはヤッカミン、つまり嫉妬の感情で蒸着していた。
誰に対する嫉妬なんだろう・・・と、思っていたけど怜慈に対する嫉妬だったのではないだろうか。
御蔭「我藤捜査官との出会いがお前をゆがめた」
恐らく御蔭は怜慈と似たような境遇だったのではないだろうか?
御蔭「あの頃 おまえは 家にも学校にも居場所がなかった。同じような境遇の子供たちと共に全てに牙をむいていた」
御蔭が怜慈の本質をこの「全てに牙をむいていた」と考えていた可能性が高いはず。
そのすべてに牙をむく狂犬チワワっぷり・・・じゃない。それは快盗だよ。
とにかく仲間を逃がすために我藤さんにも噛みつく狂犬っぷりに自分と似たようなものを感じたのではないだろうか。
そしてその怜慈をゆがめた存在として我藤さんを処刑。
御蔭は「あれは儀式だった。我藤捜査官には俺が より深い悪になるための・・・いけにえになってもらった」とは言っているけども・・・それ以上に怜慈をゆがめた(と思い込んでいる)感情があったから、という風に見えてしまう。
なにせギャバリオントリガーを連射していたし。儀式にしてはちょっとやりすぎな気がしないでもない。
思えば7話で
御蔭「ああ・・・我藤捜査官。彼はギャバンには ふさわしくなかった」
と言っていたシーン。これも資質的な意味合いではなく”個人の感想です”というやつだった気がしてきた。
なぜ御蔭はそこまで怜慈に感情移入していたかと言えば・・・明確な説明はないけども、怜慈に自分と似たようなものを感じたから、というのが一番納得できそう。似たような環境で生まれ育ったとか?
なんにせよ似たような境遇で似たような行動をとる怜慈は俺の仲間・・・もしくは友になってくれる、みたいな感情があったのかもしれない。
しかし怜慈は何をいってもこちらになびかない。
自分と同じような状況に追い込みヤミマクールをネガティブに発動させても仲間と力をあわせて状況を打破していく。自分と同じ境遇、そして状況になったのに本質をゆがめたままギャバンとして戦っている怜慈。
これは色んな意味で嫉妬しますわ・・・怜慈やその仲間に。
最終的に御蔭は「おまえになど・・・預けるものは何もない」というセリフと共にアザ・ゾルスに連れ去られることになってしまったけども・・・御蔭は感情を預けたかったのではなく感情を共にしたかったのではないだろうか。
実際に御蔭が何を思っていたのか、そして高次元の意思たちを倒して何がしたかったのかなどは不明。
御蔭「人間は高次元とアザ・ゾルス 彼らの理想にとらわれている。真実を知らないとは罪だ 俺は悪となり 手を汚してでも 人間に気付きを与え自由にする これは目覚めだ」とは言っていたけれども・・・どこまでが本心だったのだろうか。
御蔭自身が誰よりも自分の感情に縛られていたからこそ今回の事件が起こったように思えるけれども、その心は明かされぬまま、そして怜慈に感情を預ける事もなく物語の幕は下りてしまった・・・のだろうか?
そもそも最終回で主人公が「まだ 話が終わってねえ・・・」というセリフで一人御蔭を追いかけていくラストとか・・・消化不良感がすさまじい。
逆に言えば続編もあり得る、という事なんだろうか。
超ギャバンは終わりを迎えたけれどもPROJECT R.E.D.は続いていくわけで。
オメガホーンに怜慈と御蔭が登場する可能性・・・いやギャバンの2期が始まる可能性も否定できないはず。
24日には映画が公開されるけども最終回直後の話には見えない。
映画ではなくテレビ本編で怜慈と御蔭の話の続きを「機会があれば話すよ。いつか・・・どこかでね」と、きちんとやってほしいと思ってしまった 最終話 インフィニティ 感想でした。
7月20日追記。
オメガホーンのネタバレがあります。ネタバレ注意。
オメガホーンのネタバレがあります。
ネタバレ注意。
オメガホーンに登場する鉄壁のレイジ。
役者さんは怜慈役の長田光平さん、とのこと。
ラストシーンを見る限りギャバンシステムというか高次元の意思を見限って闇落ちした可能性があるのだろうか。
多元宇宙システムなので単なる同姓同名のそっくりさん、という可能性はあるのかもしれないけど・・・御蔭が正義を見限ったように怜慈がギャバンを見限った可能性があるのだろうか?
ギャバンになって救えなかった人もいるかもしれないけどギャバン全てを否定しないでくれよ・・・と、思ってしまう。
実際は完全に別人の可能性はあるにしても。
・・・まあ超ギャバンの最終盤を見る限り、高次元の意思は見限られても仕方はないと思う。
とはいえ続編ありきの作品作りをした結果、主人公がライバルに対してほとんど何もできなかったですよ、という超ギャバンの結末は如何なものかと思う。

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